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2006年11月21日 (火)

不当な支配とは政府のことだったんだ

 教育基本法の第十条(教育行政)の一項は ”教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。”となっている。

 これを具体的な法律にしたのが教育委員会法でした。

 教育委員会の委員は住民が選挙でえらようになっていた。

 教育委員会法にはこのような条文がある。

 委員

 第七条二”・・・略・・・日本国民たる都道府県または市町村の住民がこれを選挙する。”

 文部大臣は教育委員会を指揮監督してはならないようになっていた。

 教育委員会法にはこのような条文がある。

 報告書の提出

 第五五条二”法律に別段の定がある場合の外、文部大臣は、都道府県委員会及び地方委員会に対し、都道府県委員会は、地方委員会に対して行政上及び運営上指揮監督をしてはならない。 ”

(なぜ報告書の提出にこの条文が入ったかは「教育亡国」 林竹二著 筑摩書房をお読みください)

 それと、学習指導要領は教育委員会で作るようになっていた。

 教育委員会法にはこのような条文がある。

 教育委員会の事務

 第四九条三”教科内容及びその取り扱いに関すること”

 すなわち、教育委員会が行う仕事には、教科の内容及びその取り扱いに関することが含まれていた。

 しかしその準備ができていなかったために、当分の間、文部省が作ることになった。  ”1949年5月31日、文部省設置法が制定されたとき、その附則において、「初等中等教育局においては、当分の間、学習指導要領を作成するものとする。 但し、教育委員会において、学習指導要領を作成することを妨げるものではない」と規定した。”」(「教育亡国」 林竹二著 筑摩書房より)

 だから、戦後すぐにおいて、文部省が作る学習指導要領は試案であり法的拘束力はなかったのですね。

 教育委員会法が、不当な支配に服さないためのものであったことについて示すものがある。

 ”教育委員会法が公布されて早々に出版された解説の中に次のような一説があった。 本書は文部省内で編まれたものだ。

 何時教育行政の中央集権が復活し、国民が再び不当な支配に服さねばならないとも限らない素地が、今の行政機構には残っているという不安がある。 教育委員会法は、こうした現状に残っている矛盾や不安を完全に一掃し、教育を全く国民の手に移すために定められたものなのである。 「文部省文教研究改変『教育委員会法の解説』11項〈新教育協会、一九四八年〉」 ”(「教育亡国」 林竹二著 筑摩書房より)という解説が出版されていた。

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2006年11月13日 (月)

義務教育

義務教育とは、子どもの学習権を保証するために親や保護者の普通教育を受けさせる義務と、行政は学校など諸条件の整備をしなさいということなんだ。
行政が教育の内容に踏み込むと政府に左右された教育になってしまう。
子どものための(子どもの学習権を保証する)教育にはならないでしょうね。

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2006年11月11日 (土)

学習指導要領を作るのは誰

戦後すぐにおいては、学習指導要領は教育委員会で作るようになっていたんだ。

しかしその準備ができていなかったために、当分の間、文部省が作ることになっていたのですね。

だから、文部省が作る学習指導要領は試案であり法的拘束力はなかったのだ。

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2006年11月 4日 (土)

教育工場

私たちが「学校」と呼んでいるシステムは、この「大量生産システムの学校」ではないか。

このような学校は教育の場所といってよいのだろうか。

「学びその死と再生」 佐藤 学著 太郎次郎社に、次のような話があった。

ボビットは、「子ども」は「原料」であり、「完成した大人」は「生産物」であり、「教師」は「エンジニア(技術者)」であり、「校長」は「職制」、「教育長」は「工場長」であると書いています。 そうして、「原料(子ども)」から「完成品(理想の大人)」へといたる教育課程をいかに「効率化」して「生産性」をあげるかが、教師の役割だといっています。「教育目標」という言葉も「生産目標」という言葉から生まれた用語ですし、「テスト」も生産物を「品質管理」する工場の作業から生まれた方法でした。

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