« 2008年1月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年2月27日 (水)

日本の教育はどのような人間を作り出しているのか

日本の教育は官僚的人間を大量生産しているのではないか。

 竹内敏晴著の「子どものからだとことば」晶文社に…
 エリート大学生にレッスンの場で力を抜いて横たわるようにし、手を持ち上げようとすると、学生の方から手を持ち上げてくる。 そんなことしなくても良いと言ってもからだが反応してしまう。
 このような状態を見て「考えてみれば、試験制度というものは、いかに出題者の意図を予測するかの競争に違いない。 全エネルギーをそれに注ぎ込んだからだが、過敏反応体に仕上げられているのは当然であり、これは官僚に期待される最上の能力なのだ。」と言い、そして彼らとのレッスンを進めると、かれらは、ある限度以上深い集中に近づくと、かれらの防衛は頑強になる。そして彼らは他者のための存在であり、自己が自己として現れるのを恐れるかのようだ。 といっている。

 また子安美知子著の「ミュンヘンの中学生」(朝日文庫)に…
 テストのないシュタイナー教育の卒業生に 「官僚になったひとはいないんですか。なぜですか」 と言う問いに  「きっと、それは、僕たちが上下関係をきらうという体質だからですよ。それと、役人の世界には、精神の自由がない」と答えていた。

 日本の教育のエリートは官僚であることを見てもわかるだろう。

 自分がどのように生きたいのかではなく、組織を大事にしてしまう。

 組織(クラス)から外れると孤立してしまうことになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 2日 (土)

誰のための教育

「ゆとり教育」とか「学力向上の教育」とか言われるのだが、子どもから出発した教育であれば教育の方向はころころ変わることはないだろうに。

ころころ変わるというということは、子どもから出発した教育ではないということを示している。

子どもの成長仕方ということが、すぐに変わるということはないだろう。

大人の考え方が変わるだけでしかないだろう。

それは、大人側の都合で作られた教育ということを表している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年7月 »